曽木発電所遺構
曽木発電所遺構は明治39年に、野口遵が、牛尾鉱山の排水用動力を確保するために建設したものです。 出力が800kWあり野口は、この余剰電力で現在のチッソ水俣工場の前進である日本窒素肥料を創業し、 叉旭化成の前身の延岡工場も建設したことから、この発電所が我国の化学工業発祥の時代を支えたことになります。 現在は曽木の滝の下流に昭和40年に完成した鶴田ダム湖底に沈み渇水期に上部を湖面に現しますが、 傷みが激しい為保存の為の調査が行われています。
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